- 接合・溶接技術Q&A / Q02-03-38
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Q鋼鍛造品に鋼製パイプを溶接した回転駆動軸を製品化していますが,鋼鍛造品を球状黒鉛鋳鉄に替えることを検討中です。MIGまたはTIGアーク溶接機で溶接する際の堪所,留意すべき点について教えて下さい。
鋳鉄は,鋼に比べて遙かに多くの炭素を含有している。溶融部でのレデブライト晶出(チル化)およびHAZにおける高炭素マルテンサイトの生成という二つの脆弱な組織が形成されやすいため,第5章にも述べられているように,難溶接材の一つとして扱われている。しかし,球状黒鉛鋳鉄は鋳鉄でありながら延性と高張力鋼に匹敵する強度を有することから,鋼鍛造品の代替品としての使用が増加し,さらに,本質問のような応用も含め,接合の研究も盛んに行われている。鋳鉄同士あるいは鋳鉄と鋼材との溶接において留意すべきことは,溶接割れの防止は当然であるが,上述の脆弱な組織の形成を極力抑制することである。
そのための手法として,溶融溶接では,①溶接棒,②溶接法(溶接条件),③熱処理(予熱・後熱)の三つの観点から検討されている。溶接棒は低温予熱で溶接可能なNiあるいはFe-Ni系の使用が一般的であるが,接種剤を被覆1),あるいは希土類元素を添加2)した鋳鉄棒,Fe-Ni系フラックスコアードワイヤ3),Ni-Fe-Mn系4,5),Cu-Mn-Ni系6)等,多くの報告がある。
溶接法や熱処理法として,溶融部のチル化防止やHAZのマルテンサイト化防止には400~600℃の高温予熱が一般的であるが,大入熱による徐冷効果を意図したSAW7)やESW8),短絡移行方式9),パルスミグ電源10),TIG6)を用いた小入熱溶接法が採用されている。さらに,溶接後の後熱による焼ならし・焼戻しも一般的である。
本質問に関連した報告として,鋼と球状黒鉛鋳鉄との溶接を行った事例を以下に示す。
(1) 直径2.4および2.0mmのフラックスコアードワイヤ(米国特許)を用いたMIG溶接3)
溶着金属組成50%Ni,1%C,0.6%Si,4.2%Mn,44%Fe。溶接条件:直流逆極性350A(2.4mmワイヤ),310A(2.0mm)。溶接電圧29V。溶接速度:推奨64cm/min(25-254cm/min可)。
2.0mmのワイヤを用いた場合の溶接入熱は,(60×310×29)/64≒8.43MJ/mと鋼の溶接に比べて小さく,溶融境界部にほとんどチル晶は見られない。予熱やシールドガスは不要であるが,広幅の溶接や高湿度下,高電圧(推奨アーク長:1.9cmより長くするとき)で溶接する場合は300℃程度の予熱とCO2ガスが用いられる。開先はV開先またはX開先とし,肉厚が異なる場合には,突合せではなく厚肉側を部分的に減肉して薄肉側を重ねたV開先とし,裏側にすみ肉の補強溶接をすると良い。
(2) SUS309(22%Cr-12%Ni)ワイヤ(線径0.5mm)を用いたMIG溶接11)
FCD380の板に対して,溶接電流140A,溶接電圧20V,溶接速度50cm/min(溶接入熱3.36MJ/m),予熱なしの小入熱でビードオンプレート溶接を行うと,溶込みは1mmと小さく,レデブライト幅が0.1~0.3mmマルテンサイト幅が0.5~1.0mmの組織となる。
最適条件(ノウハウ)でFCD700と鋼管をMIG溶接した輸送機部品では,前者が0.2mm,後者が0.5mmであった。両者の合計を0.8mm以下に押さえることができれば,図1に示すように,ねじり疲労試験結果が鋼鍛造品と鋼管を溶接した場合より十分上回る。本溶接法では,黒鉛粒数の多い粒状黒鉛鋳鉄の表層部1mm以上を,フエライト組織にするために図2に示す熱処理12)を施すという素材側の条件と,小入熱溶接でレデブライト幅とマルテンサイト幅との合計を0.8mm以下に押さえるための溶接条件にノウハウがある。しかし,特殊な溶接棒を使用するわけではなく,実際的でしかも信頼性のある溶接部が得られている。
(3) TIG溶接についても,接種剤をアルミ箔で包み開先部に設置して溶接13)するなどいくつか報告が見られるが,現時点ではチル化防止やHAZ組織の改善の報告で,強度的な検討は今後行われるものであるため,本回答からは除く。
参考文献
1)中村,平塚,堀江:鋳物,(社)日本鋳物協会,63巻,9号,pp.769-774,(1991)2)宮本,成田,工藤:鋳造工学,日本鋳造工学会,69巻,7号,pp.599-606,(1997)
3)R.A.Bishel,H.R.Conaway:Transactions of American Foundrymen's Society,Vol.84,pp.487-492,(1976)
4)T.J.Kelly,R.A.Bishel&R.K.Wilson:Welding Journal,AWS,Vol.64,pp.79s-85s,(1983)
5)糸村,渡久地,松田:溶接学会全国大会講演概要第54集,pp.226-227,(1994.4)
6)津田,江川,古久根:鋳物,(社)日本鋳物協会,56巻,5号,pp.288-294,(1984)
7)M.A.Davila,D.L.Olson&T.A.Freese:Transactions of American Foundrymen’s Society,Vol.85,pp.79-86,(1977)
8)田村,加藤,横井,石井:溶接学会誌,43巻,8号,pp.794-804,(1979)
9)D.J.Kotecki,N.R.Barton&C.R.Loper Jr.:Transactions of American Foundrymen's Society,Vol.75,pp.721-726,(1967)
10)加藤,新原,中村,田村:溶接学会全国大会講演概要第35集,pp.152-153,(1984.10)
11)岸武,恵良,大坪,永吉,上田,石田:第51回日本鋳造工学会九州支部講演大会講演概要集,pp.1-2,(1998.7)
12)岸武,恵良,曽,永吉:第49回日本鋳造工学会九州支部講演大会講演概要,pp.5-9,(1996.7)
13)平塚,堀江,小錦,中村,小林:日本鋳造工学会第131回全国講演大会講演概要集,p.6,(1997.10)
〈糸村 昌祐〉