接合・溶接技術Q&A / Q11-02-03

Q鋼中の水素がどのようにして脆化を引き起こすのですか。

鋼中の水素は,原子状,分子状等種々検討されているが,一般的に侵入型固溶の場合,原子状とされ,ボイドなどを伴う場合,分子状に存在するとされている。原子状水素は,一般的に,鋼のフェライト組織での体心立方結晶格子では4面体位置が安定であり,オーステナイト組織の面心立方結晶格子では8面体位置が安定位置である。このように鋼の中に水素が侵入するとそれらの安定な位置から次の安定位置に拡散する。この水素の鋼中での整列した結晶中の拡散は,活性化エネルギーが約717J/molで低いが,転位などを含む結晶中での拡散の活性化エネルギーは約1912J/molであり,転位が存在すると水素は捕捉される。鋼中に塑性変形が生じると塑性変形場には転位が多く,水素が集積されることになる。例えば,水素を含んでいる状態で塑性変形を加えると変形により生じた転位の周りに水素が集まることになり,転位群が水素を多量に集めることになる。この水素が集まった鉄-水素-鉄のクラスターが割れのエンブリオになり,鉄-鉄原子間を分離する。これが水素による脆化である。変形のひずみ速度が遅い場合転位は水素を輸送し,水素集積量が多くなり,引張強度より低い破壊強度での水素による脆化が生じる。ひずみ速度が速いと転位が水素を振り切って,脆化せず,通常の引張強度で破壊する。また,一般的に水素による脆化は高強度ほど顕著であるが,高強度鋼の組織はマルテンサイトなど転位密度が大であり,そのために水素の捕捉が著しいことに起因する。水素による脆化は水素が集積する粒界,あるいは粒内では転位と関連するために,すべり面で破壊が生じ,すべり面分離破壊が生じる。この破面は低温脆性でのへき開破壊とは異なる。

従来,水素に起因する脆化は,水素が集積して,内部圧力が高まった結果生じる圧力説,割れ内面に水素が吸着して生じる吸着説が提唱されたが,ここに述べたように格子脆化説が有力である。

〈荒木 孝雄 / 2012年改訂[SI単位]〉

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鋼中水素による脆化

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