4.2 溶接金属の性能
ステンレス鋼溶接金属の性能はその組織により決まるが、溶接のままでの組織は、炭素鋼などの場合と異なり通常のアーク溶接での熱サイクルの範囲では冷却速度には依存せず、化学成分のみにより決まる。これまでに化学成分より溶接のままの組織を予測する「組織図」がいくつか提案されている。図2に代表的な組織図であるシェフラー(Schaeffler)の組織図による化学成分から推定される溶接金属の組織と代表的な鋼種の標準的なミクロ組織を示す。その他にNの影響を加味したディロング(DeLong)の組織図とWRC-1992の組織図がよく用いられている。いずれも、横軸にフェライト生成元素であるCr、Moなどから計算されるCr当量と、縦軸にオーステナイト生成元素のNi、Cなどから計算されるNi当量から組織を推定することができる。それぞれの組織図で当量の計算に用いる係数や元素が若干異なる。具体的には、ディロングの組織図ではNi当量の計算にシェフラーの組織図では考慮されなかったオーステナイト生成元素であるNが加えられ、SMAW以外の溶接法による溶接金属に対しても正確な推定が可能となっている。
ステンレス鋼溶接金属の組織は図2に示すように化学成分によりオーステナイト(γ)相、フェライト(α)相、マルテンサイト相もしくはそれらの混合した組織のいずれかとなる。ここでオーステナイト+フェライトの組織は高温割れ感受性が低く、フェライト量が10%以下の溶接金属は延性、靭性に優れる。これより高いフェライト量の領域では、溶接後熱処理(PWHT)や高温環境で長時間使用された場合にσ脆化が問題となる。一方、オーステナイト単相組織ではフェライト相に起因する脆化はないが高温割れ感受性が著しく高くなる。フェライト単相に近い組織では、結晶粒粗大化による脆化や475℃脆化が問題となる。マルテンサイト組織は硬くて延性が低く、拡散性水素による遅れ割れが問題となる。
4.3 各種溶接方法の適用性
ステンレス鋼の溶接には種々の溶接方法が適用されるが、前項で述べたように鋼種により機械的性能、特に耐割れ性や延性が組織により大きく異なる。表1に各種溶接方法の各種ステンレス鋼への適用性を示す。図2のシェフラーの組織図に示したようにオーステナイト相+フェライト相の組織で延性に富む組織となるオーステナイト系や二相系ステンレス鋼の溶接は比較的容易であるが、マルテンサイト相やフェライト相となる溶接金属では、溶接のままでの延性が低く遅れ割れが生じやすいため、これらの材料では溶接方法は限られたものとなる。
溶接法の選定は、主に対象となる溶接部の材質、板厚、溶接姿勢、開先形状および施工場所(工場内もしくは屋外)等により決まる。
4.4 各種ステンレス鋼の溶接
基本的に母材と同じ成分系の溶接材料で溶接を行うことが原則である。表2に各種成分系の代表的な鋼種と推奨される溶接材料を、表3にそれぞれの溶接施工時の予熱・パス間温度とPWHT温度の目安を示す。
表2 代表的なステンレス鋼と溶接材料
種類 |
母材(JIS) |
溶接材料(JIS) |
SMAW |
GTAW |
マルテンサイト系 |
SUS403/410 |
ES410/ES409Nb/ES309/ENi6182 |
YS410/YS309/YNiCr-3 |
フェライト系 |
SUS405 |
ES410/ES409Nb/ES309/ENi6182 |
YS410/YS309/YNiCr-3 |
SUS430 |
ES430Nb/D309/ENi6182 |
YS430/YS309/YNiCr-3 |
オーステナイト系 |
SUS304 |
ES308 |
YS308 |
SUS304L |
ES308L |
YS308L |
SUS310、310S |
ES310 |
YS310 |
SUS316 |
ES316 |
YS316 |
SUS316L |
ES316L |
YS316L |
SUS317L |
ES317L |
YS317L |
SUS321/347 |
ES347 |
YS347 |
オーステナイト
・フェライト系
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SUS329J3L |
ES2209 |
YS2209 |
SUS329J4L |
ES329J4L |
YS329J4L |
表3 ステンレス鋼溶接における予熱・後熱処理温度の一例と注意事項
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マルテンサイト系
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フェライト系
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オーステナイト系
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二相系
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予熱
温度 |
200〜400℃
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100〜200℃
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不要 |
不要 |
パス間温度
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200〜400℃
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100〜200℃
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170℃以下
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170℃以下
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溶接後熱処理温度 |
700〜800℃
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700〜800℃
(309系、高Ni系での溶接の場合は不要)
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不要
(固溶化熱処理の必要な場合は1000〜1150℃
321、347の安定化熱処理は850〜950℃)
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不要
(固溶化熱処理の必要な場合は950〜1100℃)
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注意 事項
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○溶接金属と熱影響部の硬化
○遅れ割れ
○475℃脆化
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○結晶粒粗大化による脆化
○遅れ割れ
○475℃脆化
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○高温割れ
○炭化物析出による熱影響部の耐食性劣化
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○σ脆化
○溶接金属と熱影響部の耐食性劣化
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4.5.1 マルテンサイト系およびフェライト系ステンレス鋼
SUS405あるいはSUS410に代表されるマルテンサイト系およびフェライト系ステンレス鋼の溶接に使用される溶接材料には、@共金系、ANb入り共金系の409Nbおよび 430Nb、Bオーステナイト系の309、Cインコネル系など高Ni合金などが考えられる。それぞれの溶接材料における、溶接金属の特徴を表4に示す。
表4 Cr系ステンレス鋼用の溶接材料と溶接金属の特徴
共金系の場合、溶接金属や熱影響部でマルテンサイト相がフェライト相中に析出した組織となり、このマルテンサイト相析出による硬化が拡散性水素による遅れ割れの危険性を高くする。溶接に際し、予熱とパス間温度の維持が必要であり、溶接金属と熱影響部の延性を十分に回復するためにPWHTを行うことが望ましい。
フェライト系ステンレス鋼の溶接では430系溶接材料を用いた場合、溶接金属と熱影響部結晶粒の粗大化による脆化が発生しやすく、予熱は200℃以下に抑え、PWHTを行うことが望ましい。
Nb入り共金系溶接材料はNbをC量の10倍程度添加することにより、CとNbの親和力の強さを利用してCを固定化し、13Cr鋼溶接金属の溶接のままでの組織を微細なフェライト単相組織としたものである。従来のマルテンサイト系ステンレス鋼溶接材料に比べ、溶接のままで溶接金属は延性に優れ、耐遅れ割れ性にも優れている特徴がある。これらの溶接材料は薄板の溶接においては、予熱の必要はないが、厚板の溶接では遅れ割れ防止の観点から、100℃以上の予熱とパス間温度の維持、600℃以上でのPWHTが必要である。
オーステナイト系の309を用いた場合には、溶接金属の組織はオーステナイト相+フェライト相となり、共金溶接材料による溶接で問題となる遅れ割れは生じず、溶接のままで延性や靭性に優れた溶接金属が得られる。しかし、母材の希釈が低くなり溶接金属のフェライト量が高くなった場合、650℃以上のPWHTによりσ脆化が問題となる。また、塩化物を含む環境では、309溶接金属で塩化物SCCが問題となるため注意が必要である。
熱処理での脆化防止やSCC防止の観点からは高Ni合金系溶接材料が推奨される。また、高温条件で間欠運転される容器では、熱疲労防止の観点から、母材との熱膨張係数が近いことも高Ni合金系溶接材料の有利な点である。
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