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第7回

相談例19.吊具S35CとS35C又はSS400のアーク溶接

吊具の溶接に関するご相談です。S35C(N)同士又はS35C(N)とSS400の継手を被覆アーク溶接、ティグ溶接、炭酸ガスアーク溶接(ソリッドワイヤ及びフラックス入りワイヤ)する場合の標準的な溶接要領について教えてください。

回答

継手には母材並みの品質が必要であること、及びS35C材の(N)はノルマ材であることとして回答します。S35Cは、一般にミルメーカから圧延のまま又はノルマ処理(例:板厚32mm以上)で出荷され、用途によっては需要家で焼入れ処理等が行なわれます。ここでは、ノルマ処理のままで溶接するものと判断しました。

中・高炭素鋼溶接の留意点に関しては、溶接管理技術者の再認証ガイダンスで使用されている資料,「別冊(2015年改訂版)」には、下記「別添資料」のごとく記載されています。教科書的な炭素鋼(SS400:低炭素鋼、S35C:中炭素鋼)の溶接の考え方はこれを参考にしてください。なお、SS400及びS35Cは溶接することを前提とした鋼材ではないので、基本的にその溶接性は考慮されていないことに留意してください。

被覆アーク溶接、ティグ溶接、炭酸ガス溶接のいずれの溶接法も使用できます。但し、水素による低温割れを防止するために、被覆アーク溶接法では低水素系溶接棒に限定すべきです。

いずれの溶接法でも、150〜300℃の予熱及び直後熱が必須となります。また、最小入熱は10〜15KJ/cmを下回らないように管理してください。

対象物が吊具であり、溶接割れ、スラグ巻込み、気泡などの溶接欠陥がないことを溶接24時間後に確認することが重要です。

 

「母材に近い性能を確保するための溶接材料」

母材並みの継手品質を確保する観点から、適用溶接材料について記します。SS400は、機械的性質(降伏点・引張強さ・伸び)及び化学組成は規定されていますが、S35Cは化学組成のみの規定です(表1)。従って、SS400を含む継手では軟鋼用材料で十分ですが、前述のごとく低温割れに対する対策が必要なことから、低水素系が条件となります。一方、S35C 同士の継手では、S35C(N)の引張強さが通常490N/mm2級程度であるため、被覆アーク溶接ではE4916が、炭酸ガスアーク溶接及びティグ溶接では490N/mm2級の材料が適当です。これらの溶接材料で極端に溶接入熱が高すぎることがなければ(適切な多層溶接を行えば)、この要求性能は満足できます。

表1 SS400及びS35Cの化学成分

C Si Mn P S
S35C 0.32-0.38 0.15-0.35 0.60-0.90 0.030以下 0.035以下
SS400 規定なし 規定なし 規定なし 0.050以下 0.050以下

 

「S35CとS35C/SS400の溶接で最も注意すること」

母材S35Cの炭素量が高いため、HAZ(及び溶接金属)の硬化による低温割れの防止が最も重要です。対策は、予熱と直後熱の実施及び水素量の少ない溶接法の選択です。

また、吊具としての安全性確保の点から、溶接欠陥からのぜい性破壊防止にも留意が必要です。そのため、適切な技量を有する溶接士を指名し、適切な入熱量の多層溶接を行うことです。MAG溶接では、溶接環境での防風対策も重要です。非破壊検査で欠陥がないことを確認することも必須です。

 

「別添資料」:別冊2015年版(P53−55)から要旨を抜粋

(1) 炭素鋼の分類

表2 に示すように,炭素鋼は炭素含有量によって極低炭素鋼、低炭素鋼,中炭素鋼及び高炭素鋼に分類される。中・高炭素鋼は,強度が上昇するとともに耐摩耗性が向上し,溶接性が低下するため,溶接をあまり必要としない部材に一般に使用される。

表2 炭素鋼の分類・用途及び溶接法の適用性

 

(2) 中・高炭素鋼の溶接

① 中・高炭素鋼は,低炭素鋼よりも熱影響部の硬化が著しいので,ビード下割れを起こしやすい。

② 溶接による熱影響部の硬化組織の生成は,低温割れの原因となる。硬化を緩和する目的で予熱や後熱が必要となる。溶接部最高硬さの値は,経験的に健全な溶接が行い得るか否かの指標とみなすことができ,炭素鋼の場合には,HV350 が妥当な値とする考えが多い。図1 に溶接部最高硬さと予熱パス間温度の関係を示す。

③ 熱影響部のマルテンサイト生成による硬化を緩和させ,溶接割れを防止するため,予熱処理と低水素系溶接材料を使用することが必要である。割れ防止に必要な予熱温度と炭素含有量の関係を,図2 に示す。

④ 熱影響部の硬化が著しい場合には,溶接部の急冷を避けるとともに,溶接終了直後直ちに600〜650℃の温度域に加熱する溶接後熱処理(PWHT)によって硬化部を軟化させる必要がある。

図1 溶接部最高硬さと予熱パス間温度の関係

図2 炭素含有量と予熱温度の関係


(WE-COM会員のみ)