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アレスト性とは?−アレスト試験

本稿の題目である「アレスト」、つまり亀裂停止という現象を考えるためには、このプロセスにおけるエネルギー収支について理解を進めることが必要である。亀裂伝播中には図3に模式的に示すエネルギー保存則が成立している。この式の右辺、亀裂が開口するための運動エネルギーは新しい亀裂先端への応力集中達成に直結するので、継続的な伝播のためには、この右辺に常に十分なエネルギーが供給されていることが必要条件である。「十分な」とした意味は、運動エネルギーが仮にほんの少ししか残されていない場合には、亀裂面開口挙動は極めてゆっくりにしか進行せず、伝播継続の十分条件を満足しない場合があることが知られているからである。これは何故だろう。伝播継続のための十分条件は局所限界応力で記述できるだろうと考えられている。あまりに開口が緩慢な場合には、ひずみ速度が上昇しないため十分に応力が上がらず、そのまま静的バランスに移行してしまう。この亀裂先端の応力場の変遷途中で、応力場の中のいずれの位置においても限界条件に到達しない場合、そこで亀裂は停止する。つまり、運動エネルギーが少しでも残っていれば良い訳ではなく、継続可能な下限エネルギー条件が存在すると考えられる。これは亀裂伝播速度に下限速度が存在する実験事実と話が合う。

このエネルギー保存則はぜい性亀裂伝播の場合、もう少し単純化して考えても良さそうだ。現象が極めて短時間の間に進行するため、負荷応力は一定、すなわち外部との仕事授受はゼロと考えて良い。つまり、ひずみエネルギーの減少分のうちどれだけが運動エネルギーとして使用可能かは「エネルギーロス」の大きさのみにかかっている。つまり、エネルギーロスは局所限界応力と並んで材料のアレスト性を支配する重要なファクターであることが判る。


図3 亀裂微小伝播中エネルギー変化量についてのエネルギー保存則

ちなみにこの単純化したエネルギー保存則は、図4のように静止している物体が重力を受けて空気中を落下するときのエネルギーバランスに例えて考えると良いかもしれない。落下分に相当する位置エネルギーはその全てが運動エネルギー(速度)に変化するのではなく、空気との摩擦によるエネルギーロスを差し引いた分だけである。この式に登場する3つのエネルギー項は先の亀裂伝播の問題における3つのエネルギー項と同じ役割である。ぜい性亀裂伝播停止性能を向上させるためには、羽がその形状から空気の抵抗を多く受け、ゆっくりと落下するように、材料を工夫して伝播中のエネルギーロスをできるだけ多くすれば良い。


図4 空気中を落下する物体についてのエネルギー保存則

亀裂伝播中におけるエネルギーロスの可能性を鋼の金属組織の特徴を考慮して挙げてみよう。まず、Griffithが提案したように亀裂が伝播するときには、固体内部の一部が新生表面となるので、より高いエネルギー状態にある原子の数が増加する。このエネルギー差を埋めるためのエネルギーを供給することが必要である。また、実材料におけるエネルギーロスの代表格は塑性変形である。塑性変形は内部摩擦そのものであり、ポテンシャルエネルギーの熱変換プロセスの代表的なものと言える。

一方、鋼材のぜい性破壊(へき開型破壊を想定)においてミクロ組織的観点での最大の特徴は、特定の結晶面、{100}面の剥離でしか破壊が実現しないことである。つまり、多結晶で構成されている鋼材において、結晶粒は個々に方位が異なるのが通常なので、破面は必ずしも引張方向に対して垂直な面だけではなく、そこから傾きの最も小さい{100}面を探すようにして、結晶粒毎にさまざまな方向を向く。こうした事情で結晶粒界では多くの方位の組み合わせでへき開破壊の不連続が生じるのである。この不連続部の一部は亀裂先端通過直後では切断されず残存するが、最終的に全体が破壊するまでに、開口が大きくなり千切れる(テアリッジと呼ばれる)。ポイントは、破壊が延性的であるため、材料にとって大きなエネルギーロスとなることである。

さらに、別のエネルギーロスの機構として、メインの亀裂になり損なった多くの小さな亀裂(マイクロクラック)の存在がある。それぞれの亀裂先端にも塑性変形がもたらされるため、実際には一本の亀裂を想定するよりも大きなエネルギーロスが生じていることが最新の数値解析などで明らかにされている。他にも実材料のエネルギーロス機構は多岐に亘っている。これらの機構は、とりもなおさずアレスト性を改善させる材料創成技術となっている。図5には極低温でもアレスト性を確保することが要求されているLNG貯槽用鋼鈑を例にとり、これらのエネルギーロス源をマルチスケール的にブレークダウンした図を示している。

図5 鋼材におけるぜい性亀裂伝播時に材料抵抗となる因子(LNG貯槽用鋼を例に)


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