WE-COM 最新号トップへ(WE-COM会員のみ) | この号のトップへ | WE-COM バックナンバートップへ

アレスト性とは?−アレスト試験

2.アレスト性評価方法とその歴史

アレスト特性が何故重要か、どのような産業上の背景を持っているかについては、以降の記事に詳細を譲るとして、本稿では、アレスト性評価方法の開発の歴史や標準化状況について整理しておく。

まず、材料技術者にとって必ず認識しておくべき重要なことはアレスト性と耐ぜい性破壊発生特性は、いずれもぜい性破壊に関する特性であるが、基本的に異なる材料特性であるということだ(図6)。亀裂が高速に伝播しているときの亀裂開口は発生時と比べて著しく小さく、先に述べた通り様々なエネルギー吸収機構が働いているという特徴がある。また、破壊発生現象は亀裂前縁の最ももろい組織が選ばれて起こる「最弱リンク機構」により説明されるものであるのに対し、伝播は高い歪速度のもとでの駆動力と限界条件を比べる伝播継続判定が亀裂前縁の板厚全域全ての位置で同時進行的に常に起こっており、より平均的な挙動となるなどの違いがある。


図6 ぜい性亀裂発生現象とぜい性亀裂伝播現象の違い

本領域に従事している技術者は痛感していることだが、アレスト性評価は難しい。そもそも実験室でぜい性亀裂伝播停止を実現するのはそう簡単なことではない。例えば単純に切欠きや予亀裂を加工した引張試験片に低温で静的引張負荷を与え、うまくぜい性破壊を発生させたとする。だが、この亀裂は試験片の途中で停止することなく貫通し、停止性能を評価することはできない。停止させようと考えて温度を少しずつ上げていくと、ある温度から高温側の条件では、そもそもぜい性破壊発生が実現しなくなり、それは停止評価以前の問題となる。つまり、全部貫通するか、発生しないかの両極端の結果しか得られない。考えてみると、私たちが「破壊が発生した」と認識するときには、既に微視的な亀裂(例えばセメンタイトの割れ)から数結晶粒単位あるいはそれ以上の亀裂伝播がもたらされたということを意味している。既に伝播ステージにあるのである。破壊力学が教えるように亀裂が拡大していくと、亀裂周りの応力の高まりはますます大きくなる。言い換えると、単位長さの亀裂伝播あたりに失われるひずみエネルギーはますます大きくなるため、亀裂はそれにつれて加速していくだろう。材料固有のエネルギーロスは亀裂速度上昇に伴い大きくなることが知られており、レーリー波速度までの加速を妨げる効果を発揮しているが、速度が頭打ちになるだけで、停止に向かわせるほど強力なエネルギーロスは今のところ無さそうだ。つまり、材料内部によほどの仕掛けがないと単純な引張試験で伝播開始したぜい性亀裂を停止させることはできない。

では、これまで提案されたアレスト特性評価法はどのようなものがあり、どのようなコンセプトで設計されているだろうか。鋼構造物の使用状況を最も忠実に再現できる実験室試験は広幅引張試験であることから、アレスト性評価試験開発の歴史は広幅引張試験から始まり、現在なお最も強力な方法である。ただし、単純な引張負荷のため、普通に評価したのでは先述の理屈により、非発生か貫通かという結果しか得られないので工夫が必要である。実際に行われている方法を、図7に整理した。


図7 アレスト試験を成立させるための工夫

実構造物に近い広幅試験形式で実施するものとして、ロバートソン試験、エッソ試験、二重引張試験がある。試験片の例とともに提案された年代順に図8にまとめておく。これらのうち、ロバートソン試験は当初から温度勾配が付与されていたが、エッソ試験は温度一定で行われる貫通か発生直後停止を評価する試験(Go/NoGo試験)であった。エッソ試験の改良版である我が国の二重引張試験も当初はGo/NoGo試験として開発されたが、試験効率向上の観点から1960年以降には元々ロバートソン試験に適用されていた温度勾配を付与することが一般的となった。


図8 広幅引張試験型アレスト性評価試験例(寸法は単位mm)

1960年代には、これらの方法はほぼ完成され、多くの企業や研究機関で鋼材評価のために用いられるようになった。米国や英国ではその後一時研究は下火になったが、我が国では、重工業分野の急激な台頭の時期に重なり、多くの鋼構造分野でこうした評価手法を用いて精力的な材料開発活動がなされるようになった。研究の過程で、温度一定型の試験結果と温度勾配型の試験結果の間にどうしても説明できないギャップが存在することが指摘され、結果的には駆動力(ひずみエネルギー減少量)への亀裂長さ依存性の組み込みによりその解決を見た。この亀裂長さ依存性は、当時まだ浸透が十分でなかった線形破壊力学理論の成果である破壊力学パラメータ、応力拡大係数の次元で整理されるようになり、これによって実験データ整理の精度は大きく進歩した。強調しておきたいのは、この整理方法の発展はわが国の独自路線であったということだ。米国、英国では今でも温度一定型の広幅引張試験によるGo/NoGo境界を負荷応力条件のみを用いて整理することが多く、国際的な場で意見がかみ合わないこともある。


(WE-COM会員のみ)