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インバータ出力制御とデジタル制御による
溶接電源の高機能化

株式会社ダイヘン
門 田 圭 二

1. はじめに

アーク放電は1807年に発見され、1900年前後に溶接に利用されるようになった。アーク溶接電源の歴史もそれと同じくして始まり開発が進められてきた。日本国内で見ても、実用した記録や国内専業メーカーの登場時期からすると、日本の溶接電源の歴史は100年といったところである1)。およそ100年の歴史の間に、溶接電源は飛躍的な進歩を遂げてきた。特に近年の半導体素子を用いるサイリスタ制御やインバータ制御といった出力回路を採用した溶接電源の登場や、制御回路のデジタル化と使用される演算素子の向上によって、細かな出力制御が可能となりアーク溶接そのものの進歩も大きくけん引してきた。本稿ではアーク溶接の進歩、高機能化を溶接電源という切り口も踏まえて解説していきたいと思う。

2. 電源の出力回路と制御回路

2.1 電源の出力回路

今日のアーク溶接電源の多くはインバータ制御電源であり、これから説明する高機能化技術もインバータ制御によるところが大きい。そこで、基礎知識としてインバータ制御をサイリスタ制御と比較して解説したいと思う。双方とも半導体素子を用いた溶接電源であり、1969年にサイリスタ制御式直流電源が、そして1982年にインバータ制御式の直流電源が開発され今日まで使用されてきている。

まずはサイリスタ制御による出力制御について解説する。図1(a)に示すように、溶接電源に配電盤から正弦波の商用交流が入力されると、変圧器を通って電圧が変換された後、サイリスタとよばれる半導体スイッチング素子を有する電流経路によって交流が全て直流に変換(全波整流)され、電源から出力されて溶接部分に供給されている。サイリスタ電源はこのスイッチのONする(短絡する)タイミングを調整することで、出力を制御することができる。

一方のインバータ制御溶接電源では図1(b)に示すように、変圧器の前に交流は直流へと整流され、4つの半導体スイッチング素子によるインバータ回路を通して再度交流に変換、変圧器に入力される。変圧された後、再度直流へと整流されて溶接部へと出力される。サイリスタと同様、半導体スイッチング素子によって出力制御することができるが、図の比較でもお分かりの通りサイリスタと比べて複雑な回路構成となる。しかし利点も多く、サイリスタ制御とインバータ制御を三つの項目で比較すると表1のようになる。出力の応答性能は、サイリスタ電源では三相交流が入力される場合、その交流周波数の6倍の周期で制御する。サイリスタではONするタイミングのみ制御しており、交流で0Aとなるタイミングで回路がOFFされる仕組みである。そのため、各相でプラスとマイナスの二回、それが三相あるため、商用周波数の6倍で制御することになる。一方のインバータ回路では、OFFのタイミングも制御できるため、入力される交流周波数に左右されない出力制御が可能であり、サイリスタと比べると1秒間に制御できる回数は数百倍にもなる。高周波の交流に変換して変圧器に入力するため、変圧器の小型化が可能になる。変圧器の電圧変換は表中の式で示すことができ、左辺の電圧を得るのに、右辺の周波数が高くなれば、他の変圧器のサイズに関わる数値を小さくすることが可能ということである。さらには、変圧器の一次側にスイッチング回路があるため、溶接休止時にはスイッチが全て閉じていれば変圧器に電流は流れない。サイリスタ制御では変圧器の二次側(出力側)にスイッチング回路があるため、溶接休止中でも変圧器の一次側には電流が流れ続ける。


図1 サイリスタ制御とインバータ制御の回路比較

表1 インバータ制御の効果


2.2 電源の制御回路

溶接電源は出力回路に加えてその出力を変調する制御回路が備わっている。手溶接に使用する可動鉄心式溶接電源のような旧来機構の溶接電源では、ハンドル操作など機械的な方法で出力を変更していた。サイリスタ制御やインバータ制御の電源のように、回路を構成する素子のON-OFFで出力制御できるようになると、そのON-OFFの切り替えを指示する制御が必要となる。制御回路は1990年代にはアナログ回路であったが2000年代にはデジタル回路に変わっていった。それは制御を司る演算素子の高速化やメモリ大容量化が進み、インバータの高速な制御周波数に対応した出力制御が可能になったことによる。初期には16bitマイコンや32bitマイコンであったが、その後FPGA(Field-Programmable Gate Array)が使用されるようになり、2010年以降でASIC(Application Specific Integrated Circuit)として溶接に特化した集積回路が搭載されている電源も出現した。インバータ制御とデジタル制御とが相まって、出力を高速で複雑に変化させることが可能となった。

なお、演算素子は出力制御だけでなく、リモコンとの通信やユーザーインターフェースの制御も担っている。最近ではIoT化(Internet of Things)を目的とした外部との通信機能を有している電源も多く見られるようになっており、今後も演算素子を活用した溶接機の高機能化が進むと確信している。ただし、その紹介は別の記事にお任せして、本稿では次より本題である高速な出力制御がもたらした溶接電源の高機能化について紹介していく。


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