4. シールドガスの新しい活用方法
最後に、シールドガス特性をうまく利用して溶接現象をコントロールしようとする新しい発想の研究開発動向を紹介する。
従来、シールドガスはあくまでアークならびに溶融池を大気から保護する目的で使用され、溶接中には同一組成のシールドガスを一定流量で流し続けることが常識であった。しかし、これらの新しい研究は、溶接中にシールドガス組成を変化させて、アーク溶接現象を積極的に制御しようという試みである。
一つの試みは、Ar+2%O2のシールドガス中に炭酸ガスを数Hz程度の周期で吹き込み、シールドガス組成を変化させることによって、狭開先内でアークの発生位置を制御しようとするもの26)である。図25は、狭開先内でアーク長がほぼ同じ条件において、シールドガス組成を変化させた場合の溶接電源の外部特性上の動作点の動きを示している。動作点A、B間で溶接電流が大きく変化しているが、この電流変化にともなう溶接ワイヤの溶融速度変化を利用して、狭開先内でアークの発生位置を上下させ、開先底部にも均等に熱を供給することを狙ったものである。

図25 シールドガス組成制御による狭開先内でのアーク発生点制御の概念図 26)
次の試みは、シールドガス組成の変化を用いた溶滴移行の制御である。炭酸ガスアーク溶接中に極短時間(約5ms)パルス状のアルゴンガスを周期的(30〜100Hz)に吹き込むことによって、その間のアーク発生形態を溶滴離脱に好ましい形態に変化させ、炭酸ガス期間に形成された溶滴を、適切なサイズで離脱させる技術27)である。図26に動画を示すが、炭酸ガス期間の溶滴下部から生じる緊縮したアーク発生形態から、アルゴンガスの添加によってアークがフレア状に拡がり、それに同期して溶滴が安定して離脱する様子が見て取れる。パルス状に添加するアルゴンガス量は従来のアルゴン系混合ガスと比較すると少量(平均流量で表すと80%CO2+20%Arに相当)で効果があり、炭酸ガスでの不安定な溶滴移行が抑制され、スパッタ発生が激減する結果が得られている27)。
これ等の研究は、シールドガスを溶接プロセス制御に用いた先駆けであるが、本編で見てきたように、シールドガスはアーク溶接現象に対して非常に大きな影響を及ぼすことが判っており、まだまだ様々な形で活用の余地は充分にあると思われる。今後の研究開発が期待される。
図26 炭酸ガス溶接時のアルゴンパルスガス添加による溶滴移行の制御
(φ1.2, 280A, 2500コマ/秒)
(図をクリックすると動画が再生します)
5. 最後に
シールドガスがアーク溶接現象ならびに溶接金属性能に及ぼす様々な影響について概観してきた。その影響範囲は、アーク発生形態から始まり、溶滴移行形態、スパッタ発生、溶け込み形状、溶接金属の諸特性など、非常に多岐にわたるものである。ある特性に対して優れたシールドガス組成であっても、必ずしも他の特性で優れたものではないことも珍しくはなく、シールドガス組成の選択に際しては、ガスコストも含めて、それらを総合的に考慮して最適な答えを見出していく必要がある。そうした意味で、本編が読者の皆さんの参考になれば幸いである。
< 参考文献 >
1) 佐藤豊幸:「総説 シールドガス」 溶接学会誌 vol.77 (2008) no.2 p.146-150
2) 田中学、田代真一:「溶接アークの熱的ピンチ効果に関する一考察」 溶接学会論文集 vol.25 (2007) no.2 p.336-342
3) 小原昌弘:「低酸素雰囲気GMA溶接における溶接現象と溶接金属のミクロ組織」 第226回溶接法研究委員会資料 SW-3537-14、JIW-XII-2522-14、JIW-212-1666-14
4) 松田福久、牛尾誠夫、才川至孝、丸山裕、荒谷雄:「9%Ni鋼の共金溶接のためのGMA溶接に関する研究 −アークの安定性と陰極点の挙動−」 溶接学会誌 vol.52 (1983) no.3 p.306-313
5) 平田好則:「溶接接合教室−基礎を学ぶ− 1-2 ミグ/マグ溶接」 溶接学会誌 vol.77 (2008) no.4 p.296-303
6) 池上祐一、宮内秀樹、山本信也、内原正人:「シールドガスによるスパッタ低減について」 溶接学会誌 vol.75 (2006) no.7 p.570-574
7) Briand F、Valensi F、Pellerin S、Pellerin N、Dzierzega K、Zielins S、Musiol K:「プラズマ計測によるガスメタルアーク溶接における金属蒸気挙動の解析」 溶接学会誌 vol.80 (2011) no.1 p.21-34
8) 橋本哲哉、森本朋和:「ガスシールドアーク溶接材料における低スパッタ化」 溶接学会誌 vol.75 (2006) no.7 p.560-564
9) 上山智之、恵良哲生:「電流波形制御によるガスシールドアークプロセスの進化」 溶接学会誌 vol.81 (2012) No.1 p.5-15
10) 佐藤英市、山崎圭:「炭酸ガスアーク溶接のグロビュール移行制御」 溶接学会誌 vol.84 (2015) no.4 p.239-243
11) 佐藤豊幸:「溶接品質および作業性に及ぼすシールドガスの影響」 溶接学会誌 vol.69 (2000) no.8 p.645-648
12) 森本朋和:「ガスシールドアーク溶接における気孔欠陥とその防止法」 溶接学会誌 vol.73 (2004) no.8 p.559-564
13) 野々村将一、兵間賢吾、小林和行、山岡弘人、宮坂史和:「パルス電流波形による溶け込み形状の制御」 溶接学会論文集 vol.33 (2015) no.1 p.82-88
14) 小原昌弘、佐藤正啓、山田伸太郎:「低酸素高電流GMA溶接での溶け込み形状制御」 溶接学会全国大会講演概要 2016s 巻 (2016) 221
15) 藤井英俊:「A-TIG溶接のメカニズムとAA-TIG(Advanced A-TIG)」 溶接学会誌 vol.74 (2005) no.3 p.158-163
16) (株)神戸製鋼所:「シールドガス組成と溶着金属の機械的特性」 溶接学会誌 vol.59 (1990) no.7 p.487
17) 小原昌弘、藤田駿輔, 山崎智裕, 立花伸也, 瀬之口寛明:「GMA溶接におけるアーク現象、継手特性に及ぼすシールドガス組成の影響」 溶接学会全国大会講演概要集 2013s巻 (2013) 109
18)池上祐一、宮内秀樹、山本信也、内原正人:「シールドガスによるアーク溶接の溶接品質・溶接部性能の改善」 溶接学会誌 vol.79 (2010) no.6 p.576-581
19) 廖金孫、亀谷博仁、岡田斎、池内建二:「950MPa級高張力鋼溶接金属の組織及び靭性に関する基礎的検討」 溶接学会論文集 vol.18 (2000) no.3 p.496-506
20)大北茂:「低合金溶接金属の強度と靭性の制御」 溶接学会誌 vol.71 (2002) no.8 p.570-574
21)都島貞雄、大北茂、堀井行彦:「AC-MIG溶接法におけるTi-B系溶接金属の靭性に及ぼす酸素の影響 ―AC-MIG溶接技術の開発(第3報)-」 溶接学会論文集 vol.10 (1992) no.2 p.264-271
22)小原昌弘、千葉剛太、松本孝昭:「極低酸素含有量の低合金アーク溶接のミクロ組織とその変態過程」 溶接学会全国大会講演概要集 2014s巻 (2014) 402
23)阿部駿弥、小原昌弘、水口隆、是川顕宏:「低酸素アーク溶接金属のミクロ組織と靭性」 溶接学会全国大会講演概要集 2017f巻 (2017) 216
24)神谷修、藤田春彦、圓城敏男、菊池靖志:「SUS304MIG溶接金属中の酸素と破壊靭性に関する研究」 溶接学会論文集 vol.3 (1985) no.3 p.574-581
25)佐藤正晴、須田一師、長崎肇:「フラックス入りワイヤを知っていますか?」 溶接学会誌 vol.65 (1996) no.6 p.469-476
26)中村照美、平岡和雄、高橋誠、佐々木智章:「シールドガス組成制御によるGMA溶接プロセスの開発」 溶接学会論文集 vol.20 (2002) no.2 p.237-245
27)小原昌弘、水口隆、宮田幹人、津山忠久、藤原康平:「アーク雰囲気ガス組成の動的変化を用いた新しい溶滴移行制御方法について −パルスガスMAG溶接に関する研究−」 溶接学会論文集 vol.28 (2020) no.4 p.363-378
< 略 歴 >
| 小 原 昌 弘 (おはら まさひろ) |
1978年3月 大阪大学大学院 工学研究科 溶接工学専攻前期課程 修了 1978年4月〜2000年3月 新日本製鐵株式会社 鉄鋼研究所 接合研究センター 1994年 PhD(ケンブリッジ大学) 2000年4月〜2008年9月 同社 大分技術研究部 2008年10月〜2011年12月 株式会社日鐵テクノリサーチ 検査計測事業部 2012年1月〜2019年3月 愛媛大学大学院 理工学研究科 機能材料工学専攻 教授 2019年4月〜2021年3月 同大学 工学部付属船舶海洋工学センター 教授 2021年4月〜 同大学 工学部 非常勤講師(客員教授) 工学部付属船舶海洋工学センター アドバイザー 現在に至る |









