相談例60.ステンレス鋼管の溶接及びひずみ取り加熱後の固溶化熱処理について
125A(φ139.8×t5.0mm)のステンレス鋼管(SUS316L)をティグ溶接を用いて周溶接した後、ガスバーナー加熱によるひずみ取りを行います。その後に固溶化熱処理を行っています。これは、バーナーによるひずみ取り加熱の影響を除去するためと理解しています。加熱時のCr炭化物の析出により生じる鋭敏化と固溶化熱処理による組織改善についてご教示ください。
ひずみ取り時の加熱温度は、バーナーで約400℃程度及び800℃程度の2種類で、固溶化熱処理時の施工条件は、加熱温度:1080℃、保持時間:30分、冷却時間:10分です。熱処理は真空中で行い、窒素ガスで冷却します。
回答
1) 500-850℃付近でひずみ取り加熱を行うと粒界にCr炭化物が析出してCr欠乏域が生じ(鋭敏化することにより)粒界腐食の原因になります。またひずみの存在は加熱時のCr炭化物の析出を助長します。従い、除去される前のひずみの存在により短時間の加熱であってもCr炭化物の析出が生じる可能性があります。
2) JIS G4304ではSUS316L母材の固溶化熱処理は1010-1150℃、急冷と規定されています。溶接部についても、この条件で固溶化熱処理を行うことにより固溶化が可能で、冷却過程でのCr炭化物析出は水冷により回避できます。
3) 1010℃以上の高温に加熱保持することにより粒界に析出したCr炭化物を分解・固溶させることができますが、熱処理後の冷却過程での冷却速度が遅い場合にはCr炭化物の析出温度範囲(500-850℃)を通過する際にCr炭化物の析出が生じる可能性があります。
4) なお固溶化熱処理を局部加熱で行う際には、図1に示すようにバーナー直下の均熱部の外側にCr炭化物の析出温度範囲に加熱される部位(図ではS)が存在しますので留意が必要です。そのため溶接構造物全体を均一加熱することが推奨されます。その場合にも急冷が必要となりますが、急冷時に新たなひずみが生じないよう冷却時の温度分布(温度差の最小化)に留意が必要です。
5) 原理としては上記の通りです。ご提示の条件(加熱温度:1080℃,保持時間:30分,冷却時間:10分)は上記のJIS G4304に適合しており、C<0.03%との規定がある316Lでは冷却時間:10分以内なら、図2に示すように鋭敏化の可能性は低く妥当と思われます。
しかし、800℃でのひずみ取りのままであっても、加熱の時間が十分短ければ、SUS316L材を使用されていることから、入熱が大きくならないティグ溶接を用いれば、500〜800℃で長時間保持されても炭化物の析出による鋭敏化が問題になる可能性は低いと思われます。薄肉のパイプであることとティグ溶接による低入熱の周溶接であることから、溶接によるひずみは大きくないと推測され、逆にガスバーナー加熱や固溶化熱処理によるパイプの変形が懸念されます。

図1 バーナー加熱による固溶化熱処理時の温度分布と鋭敏化温度域の概念図

図2 オーステナイト系ステンレス鋼における鋭敏化を生じる加熱条件
(保持温度と保持時間の関係、C量に応じた各曲線の右下側の温度・保持時間で鋭敏化発生)
[出典:西本和俊、夏目松吾、小川和博、松本長:ステンレス鋼の溶接、産報出版(2001)]