2. シミュレーションモデル
著者らはこれまでにガスメタルアーク溶接の溶込み形成現象を対象とした数値シミュレーションモデルを構築している。詳細については既報[1-4]に記しているので、ここでは簡単な説明にとどめる。著者らが構築した数値シミュレーションモデルは、溶融池内の流動と溶融池表面形状を考慮した3次元熱流体シミュレーションモデルであり、アークプラズマからの入熱分布などは簡易熱源モデルによって与えられるものとしている。 熱源から与えられたエネルギーは、熱伝導や対流によって材料内に輸送され材料内の温度分布を変化させる。この現象は次の式で記述される。
式中の文字は、H:エンタルピー、t:時間、:速度ベクトル、ρ:密度、κ:熱伝導率、T:温度、W:熱源からの入熱を表している。左辺第1項がエネルギーの時間変化、第2項が対流による熱輸送、右辺第1項が熱伝導による熱輸送、第2項が熱源によって与えられたエネルギーに相当する。
材料内で融点を超えた部分においては流動が生じることとなる。流動現象は次の方程式によって記述される。
ここで、式中の文字は、P:圧力、τ:粘性応力テンソル、:外力ベクトル、:重力加速度ベクトルを表している。本シミュレーションモデルでは、外力として表面張力およびアーク圧力を考慮する。溶融した金属はこれらの外力や重力をうけながら粘性などといった金属の物性値に応じた流動分布を形成する。
溶融池の流動によってエネルギーの輸送が生じるとともに、溶融池の表面形状も変化する。本シミュレーションモデルにおいては、VOF法[5]を用いて溶融池の表面形状を捕捉している。
ここで、F:計算セルにおける流体(本モデルでは金属)の体積占有率を表している。流動分布にしたがって体積占有率を移動させることによって表面形状の変化を捉える手法である。
これらの方程式を用いて温度分布や速度分布を時間発展させながら繰り返し解くことによって、材料の溶融・凝固、流動場の形成などの溶接プロセスあるいはWAAMプロセスのダイナミックな時間変化をシミュレートすることができ、最終的な溶込みの形状あるいは造形物の形状をアウトプットすることができる。
先に述べた通り、本シミュレーションモデルはアークプラズマからの入熱分布などの熱源特性は簡易熱源モデルをもちいて表現している。もちろん、積層物の形成過程をシミュレーションするにあたり、熱源特性を精度よく考慮することは重要なポイントであるが、実験計測および数値シミュレーションを通じて取得するのは非常に難しくコストがかかる。ここではシミュレーションコストの低減を優先して、簡易熱源モデルを用いることとしているが、これを用いて実験結果と近しい状況を模擬するためには、簡易熱源パラメータのフィッティングが必要となる。そこで、ここでは1ビードの溶接を対象としてシミュレーション結果と実験におけるビード形状とを比較・フィッティングし、簡易熱源パラメータを決定し、WAAMプロセスへと適用することとする。本モデルにおいて、入熱分布およびアーク圧力分布は図1に示しているようにガウス分布によって与えられるものとし、その総量や半径といった形状を入力パラメータとして設定する。また、溶滴は球形状の金属液滴が一定の間隔で溶融池へと滴下するものとし、その温度や落下の周波数を入力パラメータとして設定するものとしている。
図1 簡易熱源モデル
これらの入力パラメータを決定するために、図2に示すようにシミュレーション結果と実験結果のフィッティングを実施した。実験では溶接電源としてTranPuls Synergic 3200(Fronius社)、ワイヤ送給装置としてVR 7000 CMT(Fronius社)を使用しており、電流およびワイヤ送給速度を制御した短絡移行プロセスによって形成されたビード断面マクロ形状をフィッティングの対象としている。シミュレーション結果と実験結果はよく似た形状を示しているが、ここで用いた簡易熱源パラメータは、試行錯誤的に調整を繰り返した末に得られたもので熱源の現象を反映したものか否かは不明確であり、その調整にはシミュレーションを実行する者の経験・ノウハウが必要となる。真に現象を理解し、溶接結果の予測を達成するためには溶融池だけでなく溶接熱源現象の解明および精緻なモデル化が不可欠であることは言うまでもないが、これは今後の研究の進展に委ねられるところである。
図2 簡易熱源パラメータのフィッティングによる実験結果の再現
このように、現状のシミュレーションモデルは現象の解明を達成するには課題を有している。一方で、断面マクロ形状を再現することはできていることから、WAAMプロセスのアウトプットのひとつである造形物形状を可視化することは可能であるものと考えることができる。