相談例65.ステンレス鋼SUS304の鋭敏化温度域について
SUS304の製品を主に取り扱っているのですが、製作工程の溶接や一部の熱処理・表面処理などで生じた鋭敏化に起因するトラブルが発生することがあります。そこで、鋭敏化への理解を深める目的で鋭敏化温度域を示すTTS曲線を確認した所、C量が低くなると鋭敏化温度域が低温側へシフトする(C量が高いと高温域で短時間に鋭敏化する)という点に疑問を持ちました。材料に含まれるC量が高ければ高いほど、より多くのCr炭化物を析出するので、C量が低ければ鋭敏化を防げるという理屈は判るのですが、図2に示すように鋭敏化温度域がC量によって変わるメカニズムが理解できません。SUS304について、このメカニズムをご教示いただけませんか。
図2 炭化物析出のC曲線と鋭敏化のC曲線
回答
鋭敏化は鋼中のCrがCとの化合物(Cr炭化物)を生成することにより、結果としてCr濃度が低い部位が生じることで発生します。
図3に示すように各温度に応じて鋼中に溶解(固溶)可能な限界のC量が変化し、溶解(固溶)できるCは高温ほど多くなります。固溶できなくなったCはCr炭化物として排出されます。
そのため、たとえば750℃に加熱された場合、C量の高い鋼では過剰なCが多くなることからC排出の駆動力が大きくなり、Cr炭化物が早く生成します。しかし、C量の低い鋼では、750℃の場合、過剰なCが多くないことからC排出の駆動力は相対的に小さく、Cr炭化物はすぐには生じません。ところが、より低い温度、たとえば600℃になると、C量が低くても溶解(固溶)可能な限界のCが少なくなるので、過剰なCが多くなって、C排出の駆動力が大きくなり、Cr炭化物が生成します。そのため低C量の鋼では鋭敏化温度は低くなります。
ただし、低温側ではCrの拡散が極めて遅くなるので、鋭敏化に要する時間は長くなり、溶接の熱サイクルでは、Cr炭化物の生成が問題にならなくなります。従ってCrの拡散がある程度早く、かつ溶解度以上の過剰なCが十分多くなる温度範囲で鋭敏化が生じます。
図3 SUS304鋼中のC固溶度、過剰C量と温度の関係